
「ギャーッ!」
一は膝を押さえて火がついたように泣きじゃくった。アパートに戻って風呂から出た直後だ。
「どうしました?一君」
「ちょっと転んだだけだろ?大げさに泣くな」
俺は、脱衣室から声を掛けた。一は風呂から上がって、走り回って転んだのだ。全く落ち着きがない。誰に似たんだ。
「膝から血が出ていますよ」
例によって、ジルは、一の膝をぺろりと舐めた。
「!?」
ジルの行動に固まる一。
「今、救急箱を持ってきますから、じっとしていて下さい」
「大丈夫か!?」
「うわ~ん!」
一は、俺が声を掛けた途端に泣きだした。
「驚かすなよ、ちょっと擦りむいただけじゃねぇか。……男は滅多なことで泣くもんじゃねぇんだぜ。俺も親父に言われたんだ。さあ、ジュース飲もうぜ」
「うん!」
リンゴジュースを飲んでいる一は、ジルのトマトジュースが気になるようだ。俺はもちろんビール。
「ジル、一口くれ」
「どうぞ」
一は変な顔をした。
「甘ぇ……」
「オレンジジュースですから」
「ウソだ!オレンジ色じゃねぇ!」
一は、ジルが買い置いていたブラッドオレンジジュースの味見をしたのだ。
「楽しいですね、一君がいると」
「ああ」
ずっとこのままという訳にはいかないだろう。
昨日から、応接室の床に布団を並べて寝ている。並べても、一は俺の布団に入って来て、腕を枕にして寝ているから、一組しか使っていない。
「明日は、俺が飯とみそ汁を作ってやるからな」
「うん」
「梅干しは、お袋が作ったのがあるから」
「うん」
「もうすぐお兄ちゃんになるんだから、弟を可愛がらなきゃ、駄目だよ」
「弟なの?ほんと?」
「そうだ。お前は、弟を守る強いお兄ちゃんにならなきゃいけない」
「うん、なる!」
「稲作って言う名前、そう悪くはないぜ。みんながすぐに覚えてくれる」
「うん――」
ふっと、腕から一の頭の重みと温もりが消えた。
俺は起き上がって、一が居た場所を見詰めた。
敷き布団が、小さく凹んでいる。
俺が3歳の時。
赤ん坊が生まれる直前でお袋に構ってもらえなかった。
みんなが笑うから、自分の名前が嫌いだった。
好きな絵本の主人公の名前を自分の名前だと言い張っていたことがある。一だと。
そんな時、一度だけ、親父に遊園地に連れて行ってもらった覚えがあるんだ。
今の俺は、あの頃の親父とそっくりで……。
「……一君、帰りましたか」
ジルが部屋の入り口に立っていた。
「知っていたのか」
「あなたと同じ味がしました。初めて会った時のあなたと同じ味が」
「俺が作る朝飯、食わしてやれなかったなぁ」
手のひらに、柔らかな坊主頭の感触が残っている。
翌日〔月の光〕。
「いらっしゃいませ、あれ?一君は?」
稲作がジルと一緒にやってきた。
「帰った。……夕べ親が連れに来た」
「父親は、稲作じゃなかったのです」
「そういうことだ」
「うそー、あんなにそっくりだったのに?さよならぐらいしたかったな。また遊びに来てくれるかなぁ」
先に来ていた妙ちゃんは残念そうだ。ちょっと母性本能が目覚めかけたのかも知れない。
「何か、一君がいないと静だね」
僕も残念だ。今日のお昼は何を作ってあげようかと張り切っていたのに。
「うん、何だか寂しい」
「お母さんは、稲さんの知り合いだったの?」
「まあな」
「大丈夫なのかなぁ、一君。一人で稲作の所なんかに置き去りにされたんだよ。お母さんとお父さんに愛されているのかなぁ」
「あいつが両親に愛されていることは、俺が保証する」
「稲さんがそう言うのなら、大丈夫だよ、妙ちゃん」
「もっと一緒に遊びたかったなぁ。写真、撮しておけば良かった」
たった2日間の出来事だったのに、僕らは、変に脱力してしまった。
それぞれが、これからのことに思いを巡らせ、希望と不安を抱いていたのだ。
「何か、子供欲しくなっちゃった。ねぇ、稲作」
「悪くなかったぜ。父親の真似事も」
このエピソードは、今流行のファンタジー風にしてみました。
*最初から読みたい方はこちらをクリックしてください。10/8分に飛びます*
今日の写真は「ブナハリタケ」(2005.10.14長野県で撮影)
ブナの倒木にびっしりと付いている様子は大変美しく、針茸の名の通り下面は無数の針が垂れ下がったようになっています。
独特の甘い芳香は、昔のお母さんの白粉みたい。持ち帰る車の中も甘い香りで一杯になります。
炊き込みご飯にしても香りは消えません。
パン粉を付けてフライにしたら、歯ごたえは豚もも肉の薄切りのようで、香りは消えず、キノコだと信じてもらえませんでした。
泊めていただいたペンションのご主人によると、キノコは天ぷらよりパン粉を付けたフライの方が低温で火が通るためうま味や香りがとばないのだそうです。
ブナハリタケと一緒に市販のマイタケもフライにしてみました。美味しくいただけましたから、皆さんもぜひお試し下さい。
【登場人物(人物以外も)を少しずつ紹介します】
喫茶店〔月の光〕……どこかにあるかも知れない
大きな川の畔に建つログハウス風の喫茶店。
僕らをもっと知りたい方はHPをご覧下さい。
最近のコメント